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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)12618号 判決 1981年3月27日

原告

今井信次

右訴訟代理人

平沼高明

外三名

被告

京急興業株式会社

右代表者

飯田道雄

右訴訟代理人

金子作造

外二名

被告

株式会社清光社

右代表者

鈴木四郎

右訴訟代理人

矢野勝人

外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  亡今井英丞(以下英丞という)は原告の長男であるが、東京都立小石川工業高等学校を昭和三八年一月中退後、陸上自衛隊などを経て、昭和四九年一一月六日被告清光社にボイラーマン見習として入社、被告京急興業の経営する京急サニーマート(以下「サニーマート」と略称する)において電気係を命ぜられて変電室勤務していた。

二  英丞は、昭和五〇年九月七日午後二時四〇分ころサニーマートB棟電気室(以下「B棟電気室」と略す)内において、電圧六六〇〇ボルトの計器用変圧器のヒューズの点検作業中、トランス裸充電部に頸部を接触したため感電死した(以下本件事故という)。

三  被告清光社は、ビル管理業を営む会社であるが、被告京急興業の専属的な下請としてサニーマート内の電気空調機器の保守、警備、清掃、電話交換等のサービス業務に従事し、二二名の従業員を派遣していたが、英丞は、その一員として勤務していた。

四  被告清光社は、労働契約上労働者である英丞を安全かつ健康に働かせるような環境を配慮すべき義務を負つており、これに基づく設備、教育をなし労働者を配置すべきである。すなわち、被告清光社は、(1)英丞に対し労働安全衛生法五九条一項に基づく安全衛生教育はもちろん同条三項、安全衛生規則三六条に基づく特別教育も行わないで、ボイラーマン見習として採用した英丞を電気係として変電室勤務をさせていたものである。(2)又、高圧の計器用変圧器および避雷器が設置してあるB棟電気室の一角は危険であるから、その設置箇所に通ずる入口の金網のとびらに施錠をすべきであり、計器用変圧器は六六〇〇ボルトの高圧で危険であるのでその箇所にその旨の表示をし、絶縁性のベークライト製のカバー等を取付けるべきであつた。(3)さらに、B棟電気室内は絶縁効果のある金属性の脚立を用意し、高圧部分を示すテープを通路にはる等危険であることを視覚的にわかるようにするべきである。

被告清光社は、このような安全に対する配慮義務を怠つたため本件事故を引き起したものである。

五  被告京急興業は、下請会社である被告清光社の労働者である英丞を被告京急興業が支配管理するサニーマート電気室内においてその電気主任技術者岩瀬曻らの直接指揮監督のもとに労務の提供を受けていたものである。従つて、被告京急興業と被告清光社の労働者英丞との間には、使用従属の関係が生じているのであるから、被告京急興業は英丞に対して安全配慮義務を負つていることは明らかである。<以下、事実省略>

理由

一被告清光社は、ビル管理業を営む会社であり、被告京急興業の経営するサニーマートの電気空調機器の保守、警備、清掃、電話交換等のサービス業務に従事し、二二名の従業員を派遣していたこと、英丞は、昭和四九年一一月六日被告清光社に入社しサニーマートに配属されたこと、英丞は、昭和五〇年九月七日午後二時四〇分ころ、本件事故により死亡したことの各事実は当事者間に争いがない。

右事実によると、英丞は、被告清光社の指揮命令に従つて労務を提供していた同社の従業員であり、その就業時間中本件事故に遭遇したものであることが認められる。

原告は、被告清光社は、英丞をボイラー係として被告清光社に雇用したものであるのに電気係としての職務担当させていたのみならず、十分な安全教育を施さなかつたし、安全設備も不備な職場で稼働させていたために本件事故により死亡せしめるに至つたものである旨被告清光社の安全配慮義務の不履行を主張する。

使用者は、労働契約に基づき従業員を所定の労務給付場所に配置して、使用者の提供した設備、機器等を用いて労務の提供を受けるものであるから、使用者が、労働契約上従業員に対して負う義務は、従業員の労務提供に対する対価の支払にとどまらず、労務の提供を受けるにあたつて従業員の身体、生命等に生ずる危険から従業員を保護すべき義務も含まれ、そのために必要な安全教育を施すと共に必要な職場環境の安全に配慮する義務(以下安全配慮義務という)を負うことは当然のことである。

二英丞の労務提供を受けるにあたつて、被告清光社に相当な安全配慮義務があつたことは否定できない。そこで、被告清光社に具体的に安全配慮義務の不履行があつたか否か検討することとなるが(この場合、安全配慮義務の内容の認定にあたつては、事故の具体的内容のほか、事業の種類、労務提供の方法、職場環境等の諸事情が総合的に斟酌されるべきである)、その前提となる具体的な事故内容について争いがあるので、この点について検討する。

(一)  まず、英丞の職務について検討する。

<証拠>によれば、被告清光社は、昭和四九年一〇月ころ、読売新聞上に「ボイラ、電気、空調技術者」を若干名ビル管理技術職員として募集する旨の広告を掲載したこと、英丞はこれに応募し、同月一二日、被告清光社の面接試験を受けたこと、その際、同人はボイラ関係の職種を希望していたが、被告清光社は、同人をサニーマートの電気、機械係要員として採用することを決定し、同月一九日ころ、同人に対しその旨通知し、入社予定日を同年一一月六日と定めたこと、そして、被告清光社は、後記認定のように同月九日から約一か月にわたつて英丞に対し被告清光社電気係長佐藤繁矢、平野誠一、横山利雄、戸上所長らをして英丞が担当すべきサニーマートの電気関係業務を含めた職務内容や作業現場の状況等を具体的に教えた後、サニーマート保守係として配置したこと、同係は、サニーマートの電気設備関係と空調関係等の機械設備の保守管理を分担していたことの各事実が認められ、右認定を覆えすべき証拠はない。

右事実を総合すると、被告清光社は、英丞を「ボイラ、電気、空調技術者」要員として採用したものであり、その後、必要な教育を施してサニーマート保守係として配置したものであるから、原告が主張するように英丞がボイラにのみ限定された職務を遂行すべく採用されたと認めることは到底出来ない。

(二)  次に、英丞の保守係としての業務内容について考察する。

<証拠>によれば次の各事実が認められこれに反する証拠はない。

1  被告清光社は、ビル管理等を業とする会社であり、被告京急興業からサニーマートの冷暖房機械業務、電気設備業務、清掃、警備に関する業務を請負い、保守係(以前は電気係、機械係に分かれていたが昭和四八年三月ころ保守係に統合された)、清掃係、警備係の三係を編成し、従業員をサニーマートに派遣していた。

2  被告清光社保守係は、被告京急興業の作成した「京急サニーマート委託総合管理業務仕様書」の定めるところに従つて電気設備機器および冷暖房空調機器危険物、昇降装置、防災設備、ガス給排水衛生、建築物建具等諸設備の保守管理に関する業務を行つていた。このうち、電気関係の業務は、「中央監視室A、B、C棟各電気室の電気機器の開閉操作および館内電気配線設備全般(ただしテナント電気設備の修理、電話ならびに特殊なものは原則として除く)の保守管理を主たる業務として常に電気諸設備を円滑に使用し得るよう最善の努力を払うとともに責任区域(店舗分電盤ブレーカー二次側などの)配電を確保するものとする。また保守管理の実施に伴う小修理ならびに整備作業を行い安全運転に努め特に専門業者に委託修理を要すると認めた時はすみやかに意見を付して報告するとともに甲の指示によつて工事の立会監督を行うものとする」ことを基本とする。そして、右業務の具体的な内容は、次のようなものであり、電気設備点検手入に関しては、原則として右「仕様書」中「電気設備点検手入測定基準」に従つた作業を行うこととなつていた。

(1) 机上作業

(ⅰ) 各種日誌の記録、集計、整理、報告

(ⅱ) 障害事故等の処理報告

(ⅲ) 物品材料の購入依頼ならびに検収

(ⅳ) 各種機器設備の改良改善等の具甲

(ⅴ) 計器工具、備品等の管理保管

(ⅵ) 各種統計資料の整理保管

(ⅶ) 機器台帳ならびに図面の整備保管

(ⅷ) その他特に指示された事項

(2) 現場作業

(ⅰ) 中央監視室に配電盤監視一台、電気室に一名常駐、ここを基点として二名一組となり電気室および館内外を巡視するとともに保守点検作業を行うものとする。(但し、実際には、電気関係の業務にあたる係員は一名であり、中央監視室に常駐し、ここを基点として電気室および館内外を巡視するとともに保守点検作業を行つており、被告京急興業もこの点を了承していた。)

(ⅱ) 電気設備点検手入ならびに測定は、各計器指示値記録等である。

(ⅲ) その他特に指示された事項

右「仕様書」によれば、被告清光社は、周期一か月毎の計器用変成器の端子部、計器用変圧器のヒューズ台の点検、周期半年ないし一年毎の同機器の絶縁抵抗試験、がいし部清掃および周期一か月の避雷器の端子部点検、がいし清掃、高圧用の物品材料の購入依頼および検収の各作業等についても委託を受けている旨の記載があるが、実際には、これらの作業は被告清光社においては行つていなかつた。

被告清光社保守係は、その電気関係業務については右「仕様書」中「勤務中の作業」の日課表に従つて作業を行うこととなつているが、実際には別表「電気関係業務表」(内容的には右「勤務中の作業」と同一である)に従つていた。

3  右「仕様書」等によりB棟電気室において行う作業を要約すると次のとおりである。すなわち、(1)電圧計、電流計、積算電力計等の受変電設備の定時における各計器指示値記録、逓降用変圧器、油入しや断、開閉器、電力コンデンサー等の油量、温度の点検。これと並行して右各器機、計器用変圧器等について異臭音、変色の有無の外観点検を行い、異常が発見された場合は直ちに被告京急興業電気主任技術者に報告しその指示を受ける。(2)周期一か月毎に被告京急興業の電気主任技術者立会のもとに電気室内の整理、整頓、清掃(配電盤の計器、パイロットランプ、遮断器の投入ハンドル等を毛バタキで塵落しをし、床面をほうきやモップで掃いたり拭いたりする)を行う。(3)周期一か月毎に一般用変圧器二次側(低圧部)の接地電流の測定を行う。

右認定した事実によると、B棟電気室内における保守係の作業内容は、受変電設備各計器の指示値記録と計器用変圧器を始めとする各計器類の異臭音、変色の有無の日常点検、整理、整とん、清掃等の定期点検に限られるのである。結局これを計器用変圧器について言えば、異臭音の有無という外観点検に限られ、ヒューズ部分の点検作業を行うについてもその限度て行えば足りるので、原告が主張するようにこれらに異常が生じた場合の保守点検作業が委託されていた業務の一とは認めることはできない。

なお、証人横山利雄は、被告清光社の保守係員である平野誠一が単独で計器用変圧器のヒューズを交換し補修したことがある旨供述している部分があるが、同証人のその余の証言および前記認定した事実に照らして右供述は直ちに採用し難いし、又、仮りにかかる事実が実際に存したとしても、被告清光社が、英丞に対して右ヒューズの点検等を行うように指示、命令していたとは認められず、他にかかる事実を認める証拠もない。

(三)  原告は、本件事故は、計器用変圧器のヒューズの点検作業中に生じた事故であると主張し、被告はこれを争うので検討するに、前掲各証拠によると、次の各事実が認められ、これを覆えすべき証拠はない。

1  英丞は昭和五〇年九月七日、電気業務担当の日直者として午前九時四五分ころサニーマートに出勤し、前日の日直者横山利雄から引継ぎをしたうえ、当日の月間作業予定として定められていた、バック・グラウンド・ミュージック放送機器の手入れと電気時計の修正を午前中に行つたほか所定の日常業務を行つた。

2  英丞は、所定の日常業務を遂行し、同日午後二時ころ、中央監視室・A・B・C各棟電気室の各計器の指示値記録と外観点検作業を行い(通常、これら一連の作業を行うには一五ないし三〇分かかる)、右指示値を受電日誌(丙第一五号証の一三参照)に記載した後、再びB棟電気室に引き返し、午後二時三九分本件事故に遭遇したものである。

3  英丞は、B棟電気室最奥部高さ約2.3メートル上に設置された計器用変圧器の下に置かれた鉄製の高さ約六尺の脚立の二、三段目に片足を乗せ、同所内に入る金網のとびらにうつ伏せの状態で引掛つて死亡していた。避雷器の下あたりには、ファイルにはさんだ右計器用変圧器のヒューズの規格を書いたメモ用紙(丙第一七号証)と鉛筆が落ちていたことの各事実が認められるほかは、英丞がどのようにして本件事故に遭遇したのか、その具体的状況については目撃者もなく明らかではない。

4  本件事故により停電するまでサニーマートの電気系統には何らの異常も認められていないし、又、英丞が、同日記載した受電日誌の各記録によるも中央監視室およびB棟電気室の受変電設備の各計器指示値は正常値を示しており、同人からも各計器について異臭音等が存在した旨の指摘や報告もなされていない。

本件事故当時、中央監視室には被告京急興業の電気主任技術者岩瀬曻が在室し、電気設備機器の安全管理にあたつていた。

右認定した事実によると、本件事故当日の午後二時までの中央監視室およびB棟電気室の電気設備機器の指示値記録あるいは外観点検上各計器には格別の異常があつたとは認められないのであるから、その後特段の変化のない限り、本件事故直前に本件計器用変圧器のヒューズ部分の点検を要するような異常が生じたと推認することは困難である(本件においては、右特段の変化を認め得る証拠はない)。仮りに、この部分に異常が生じたとしても、その点検・補修等が保守係の本来の業務の範疇に属する作業でないことは縷述しているとおりで、英丞は、その旨を直ちに被告京急興業の電気主任技術者岩瀬曻に報告しなければならないし、又これをなし得る状況にあつた。(なお、本件事故当時、英丞が、計器用変圧器の点検方について業務上の指示・命令を受けていたと認める証拠はない。)そうであるとすれば、英丞が、午後二時に行つた定時の日常点検作業終了後、何故に再度B棟電気室に引き返し、計器用変圧器のヒューズ部の点検作業を敢えて行わなければならない必要性と合理的な理由を認めることはできないのである。それ故、本件事故が、英丞の本来の義務又はそれに通常随伴又は関連する業務の遂行中に生じた事故と認めるには甚だ疑問であるといわざるを得ない。

他に、本件事故が、英丞が労務を提供するにあたつて生じた事故であると積極的に認める証拠はない。

三被告清光社が、英丞に対し本件労働契約に基づき同人から労務提供を受けるにあたつて、自己の提供する設備、機器等から生ずる危険が英丞に及ばないように英丞の安全を配慮する抽象的な義務のあることは前叙のとおりであるが、右に認定した本件の事実関係のもとにおいて被告清光社に具体的に安全配慮義務の不履行があるか否かにつき判断する。

(一)  本件事故当時、英丞がどのような作業を行つていたのか必ずしも明らかでないが、本件事故は、B棟電気室内の六六〇〇ボルトの計器用変圧器の裸充電部に頭部を接触したことにより感電死したものであることは当事者間に争いがない。

先に認定したとおり本件事故の発生したB棟電気室内には、六六〇〇ボルトの強電設備等が設置されており、このなかには六六〇〇ボルトの強電裸電部分もあることから、従業員が業務遂行中これに感電する危険があると認められるから、被告清光社としては、従業員がみだりに高圧電気設備に接近することを防止し、かつこれに感電しないような安全施設を施すべき義務、および従業員に対しみだりにこれに接近せず、又業務内容および高圧電気設備の取扱いに関する指導をするなど安全教育を施す義務があると解するのが相当である。

(二)  <証拠>によれば、次の各事実が認められこれを左右する証拠はない。

1  被告清光社は、英丞に対し昭和四九年一一月九日から電気係長佐藤繁矢をして横浜市金沢区総合庁舎電気室において二日間合計一三時間にわたつて電気関係の教育を行わせた。佐藤は、「電気テキスト」「実技教育指導要綱」「高圧・特別高圧電気取扱安全必携」の各テキストに従つた教育をしたほか、変電室内の結線図等に基づいて変電室内の引込み口から母線、変圧器等の高圧・低圧の回路、変電室内の高圧部は六六〇〇ボルトで危険であること、さらに、計器類の種類、取扱い方、メーターの測定の仕方、停電した場合の作業方法等を説明し、とくに高圧部の故障については電気主任技術者に連絡して指示を受けるようにと指導をした。

そして、戸上所長において、モニターとか冷凍機などの機械関係の教育・指導を行つた。

2  英丞は、佐藤・戸上から右教育を受けた後、同年一一月九日、サニーマートの保守係として配置された。右配置後は、平野誠一、横山利雄が、各四日間にわたつて、サニーマート各電気室の結線図、取扱い説明書等を英丞に交付して電気関係の一日の業務内容の概括を説明し、実際の業務については、中央監視室、A・B・C各棟および各電気室等を共々巡回しながら、電気室内の高圧・低圧部所の指示・説明、計器類の説明、電気工作物の名称・取扱いおよびこれに関連した事柄の説明をし、計器類の測定・記録の取り方を具体的に指導した。又、高圧部は、黙視による変色の有無、異音の有無、臭気の具合等五感による点検を行えば足り、異常があつたときは被告京急興業の電気主任技術者岩瀬らに連絡して指示を受けるようにとの指導を行い、計器用変圧器には、六六〇〇ボルトの高圧電流が来ており危険である旨指示・説明を行つた。

英丞は、一か月位を経過した後、サニーマートの保守係の一員として業務に携わるようになつた。

3  一方、被告京急興業は、就業時間中は中央監視室に電気主任技術者を常駐させていたほか、電気主任技術者一名をサニーマート上階に同所する住宅公団アパートの一室に居住させ、電気機器の異常に対処しうる体制をとつていた。

4  サニーマートに設置されている電気工作物は、B棟二階にある中央監視室とA・B・C各棟に設置されている電気室より成る。中央監視室には、A・B・C各棟の電気室に設置された遮断器を遠方制禦できる装置があるほか、電圧、電流、電力量等の記録計器、非常用の保護のための継電器等が配置されているが、同所には裸電箇所はない。なお、中央監視室入口付近の壁面には、各電気室入口の鍵があり、保守係は、定時の指示値記録等の際には、これを用いて各電気器に立入り、所定の作業を行う。A・B・C各棟電気室は、東京電力から六六〇〇ボルトで供給された電気を低圧動力用として二一〇ボルト、電灯幹線用として一〇五ボルトに降圧して館内に送電すべく遮断器、変圧器、開閉器等の受変電設備と、これらに付属する各計器がある。そして、同所内には、六六〇〇ボルトの高圧等の裸電部がある。

5  ところで、英丞が感電死した計器用変圧器は、B棟電気室最奥部に設置され、その周囲は高さ約二メートルの金網等で囲われ、幅約九〇センチメートルの金網の戸びらの開閉により同所に立ち入る。計器用変圧器の上端部分にヒューズが設置されており、その付近部分には六六〇〇ボルトの高圧裸電部がある。又、計器用変圧器は、床上約2.3メートルの箇所に設備され、容易に接触できない状態になつている。

6  B棟電気室入口戸びらには、「危険・係員の外入るな」「危険・高電圧」と記載されたプレートが貼つてあるほか、高圧電気設備設置箇所、ことに本件計器用変圧器直下には「高圧危険」「頭上注意」のプレートがある。又、右高圧電気機器に結線されている電線には、高圧であることを示す色彩が施されており、それと判明する状態にあつた。

(三)  右事実を総合すると、B棟電気室入口および強電設備箇所には、各種の危険を示すための表示がなされているほか、右入口は常時施錠されていて保守係員がその作業を遂行するためにしか立入出来ないようになつており、そして、本件計器用変圧器は、その高度の危険性から床上約2.3メートルの箇所に設置され、簡単には近付くことはできないようになつている。又、新らしく保守係従業員として採用された者に対しては、上司らがまず業務の内容をのみこませ、危険箇所の存在および作業方法等を具体的に教え、さらにサニーマートに配属された後も当初約一か月位は一人歩きさせず、現場に慣れた責任者らと行動を共にさせるほか、毎日行う作業に際してもその都度作業上の手順、危険物の注意を与え、ことに高圧電気設備については近づくことのないように注意していたものである。又、本件事故当時、被告京急興業の電気主任技術者岩瀬曻が電気設備機器の安全管理者として、執務にあたつていた。そうすると、被告清光社は、本件高圧電気設備につき必要な安全施設を施し、かつ、英丞に対する安全教育をも施したというべきである。それ故、被告清光社は、同人に対する一般的な労働契約上の安全配慮義務をつくしているというべきである。

四以上検討したところによれば、本件事故が英丞の労務提供を受けるにあたつて発生した事故であると積極的に認めることが出来ないのであるから、本件のような事故の発生が客観的に予測されるような特段の事由がある場合は格別、然らざる限り、被告清光社が、先に認定した英丞ら従業員に対して施した安全教育および安全保護施設以上に安全配慮義務を負つていると認めることは出来ない。

もつとも、証人岩瀬曻、同横山利雄、同平野誠一の各証言によれば、本件事故後、所轄労働基準監督署より事故再発防止に関する指導により、計器用変圧器にベークライト製のカバーを設置し、金網の戸びらに施錠をすると共に「無断出入を禁ず」とのプレートを貼付した措置を講じたことが認められる。右各措置により、危険箇所をより一般的に表示し感電の危険性を除去し得るであろうことは推測されるが、本件事故が、英丞の業務中の事故であると認められないのであるから、右事実があるからといつて被告清光社が安全配慮義務を怠つていたものということはできない。

被告清光社において、本件事故の発生を客観的に予測し得る客観的な特段の事情を認める証拠はない。

五以上のとおり、被告清光社としては、本件作業現場における英丞に対する安全配慮義務を履行したものというべく、そうとすれば、被告京急興業の安全配慮義務も、その態様からみて、特段の事情のない限り履行されたものというべきである。ことに、前示のとおり英丞の本件事故の具体的状況が明らかでなく右特段の事情を窺うに足りる立証もないから、被告京急興業についても、安全配慮義務の不履行は存しなかつたものといわなければならない。

六よつて、その余の主張を判断するまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(星野雅紀)

電気関係業務表

<省略>

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